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三和60年史の裏話(創業者が語る創業の頃)

創業の頃 (終戦)

昭和20年8月15日、天皇陛下の玉音放送による終戦。信じられない敗戦。勝つことは出来なくともまさか負けることはない、日本人の大半がそう固く信じていた祖国日本の敗北。軍は解散、幾日ぶりかの故郷高松も空襲で灰塵に帰していた。

虚脱の何日かを経て、私の目を開かしてくれたのは養母の一言「神仏によって生かされていた御恩を忘れずに」と。そうだ、亡き戦友の分も含めて生き抜き、働き抜き、再び祖国日本を復興し立て直さねば・・・・食うに食なく腹には力が入らなかったが、生き抜かねばの意思だけは日増しに強くなっていきました。

焼け野原となった高松市(昭和20年)
焼け野原となった高松市(昭和20年)

三菱電機を退職させて貰って、故郷高松の地で私が先ず手掛けたのはラジオの修理であり、モーター、トランスの巻替えであり、やがて電気工事という三菱時代には全く経験のなかった職種。

幸い三菱時代に苦学して手にした電検三種の資格があり、書物により、先輩同業の方にもいろいろ教えて頂き乍ら、やがて復員して来た朋友前川正治、又ご縁を頂いた渡辺均の諸君と手を携え、励まし合い苦楽を分かち合いつつ、三和電業(株)(創業当時は山地電気工業所)の黎明期は夜が明けていったのです。

創業時の当社社員(昭和24年頃)
創業時の当社社員(昭和24年頃)