今月の一言

創業メンバーを偲び、未来へ

2021.03.01

創業当時の山地十三男社主と真人会長

少しずつ寒さが和らぎ、春の訪れを感じるようになってきました。とは言え、まだ寒い日が続くと思われますので、体調管理は万全に、元気ハツラツで過ごしていきましょう。

創業メンバー、渡辺均さん:

突然ですが、先日ある方の告別式に参列してきました。それは三和の創業メンバーの一人、渡辺(ひとし)さん

1948年、今の三和電業グループの前身である山地電気工業所が創業しました。
創業者である山地十三男と共に、親友であった前川正治さん、そして渡辺均さんの3人が創業メンバーです。

お恥ずかしい話ですが、私は創業メンバーである渡辺均さんにお会いした記憶がありません。恐らく子供のころには会っているはずですが、まったく記憶にないのです。そして3年前に社長に就任してからもお会いできておらず、実はご健在かどうかも知らずに今回の訃報に接しました。

大ベテランの先輩たち:

このご時世ですから家族葬で執り行うと知らされましたが、お焼香だけでもと思い会場に行きました。
少し早めに着きましたが、既に三和の大ベテランの現役社員さんと元社員さん、大ベテランの現役職人さんと元職人さんが駆けつけていました。

「おれは均さんに技術を教えてもらったんや。」
「仕事には厳しいが、本当に優しい人やった。」
「仕事熱心で、誠心誠意向き合う人やったわ。」
「分からんことがあったら均さんとこに聞きにいったなぁ。熱心に教えてくれた。」

弊社会長の山地真人に至っては、「均さんは命の恩人なんよ。」と言われます。先月号の「人生の勘どころ」で、ドブ川に頭から突っ込んで死にかけた真人少年の足を引き上げてくれたのが均さん。掲載されたのは亡くなる前ですから、すごい偶然です。

そんな大ベテランの方々にお話を聞きながら、90余年の人生をまっとうされた渡辺均という人物を思いました。
祖父である創業者:山地十三男と共に戦後の混乱期に事業を始め、今では想像もできないような苦難を乗り越えてきた人。

果たしてこの先人たちに恥じない三和になっているだろうか?誇れる三和になっているだろうか?

先月号で紹介した2007年の社主の言葉に続いて、渡辺均という人物を思いながら、三和の未来を思わずにいられませんでした。

創業時のメンバー(左) と 三和電業株式会社の設立(右)

先人を偲び、そして未来へ!:

創業当時はラジオの修理、モーターや変圧器のコイルの巻き直しから始めた三和電業グループ。お米や野菜を頂きながら始めた事業は、70余年の歳月を経て90億円規模に迫りつつあります。
その間、多くの先人たちが辛酸を舐めるような苦難を乗り越え、泣きながら笑いながら懸命に働き、歴史を紡いできました。

その歴史の上で仕事をさせてもらっている我々は、未来に何を残すのか?

「今まで通りの仕事を続けていけば何とかなる…」などと思っている人は居ないと思いますが、「目の前の仕事で精一杯で未来のことにまで頭が回らない」という人は多いのではないでしょうか。
目の前の仕事を精一杯頑張ることは素晴らしいことです。それが無ければ始まりません。

しかしその先にある未来を見据え、今よりも一段二段大きく成長した自分が何を成しているかを思い描くことで、今の頑張りの結果が変わってくると思うのです。

現状維持だけでも大変です。外部環境は厳しく、未来を思えば不安になることもあるかもしれません。
しかし三和の歴史と経営理念、フィロソフィをエンジンにして、技術を磨き、誠心誠意仕事に打ち込むことで、何があろうと我々の前には明るく輝く未来が待っている。

今日よりは明日、明日よりは明後日と、日々創意工夫、研鑽努力して、明るい未来を自らの手で掴み取る
決意新たに、頑張っていきましょう!

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